「コキーユ・サンジャック」

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牡蠣の出荷だけでも多忙なシーズンなのですが、もう一つ多忙な要因が重なりました。

「帆立貝の子ども」が届いているからです。


北海道の日本海側、石狩川が注ぐ小樽の海で育ててもらっている帆立です。

子どもと言っても昨年の春に生まれたものを一年育てたもので、半成貝(はんせいがい)と呼ばれ、貝の大きさは7センチほどです。

これに、ドリルで穴を開け、ロープに差し込んであるピンに通して筏に吊り下げるのです。

この作業を「耳吊り」と呼んでいます。

トラックが到着するのが午前一時です。これを降ろしてカゴに入れ替え、水槽に入れます。一家総出で一時間はかかります。

宮城県は牡蠣の生産地として有名ですが、実は隠れたホタテの産地でもあるのです。


ホタテの貝柱は鮨ネタとして欠かせませんが、足が早い(鮮度が落ちやすい)。しかも、春に産卵を終えて、次の産卵のため貝柱に栄養を蓄えるため、ホタテの旬は真夏の八月。

一番の得意先は東京の鮨屋さんですが、東京に最も近く、少しでも早く鮮度の良いホタテを届けられる産地が宮城県、という訳なのです。


カキじいさんは、実は「ホタテじいさん」でもあります。(このおはなしは「リアスの海辺から」(文藝春秋)でどうぞ)

今から四十八年前、宮城県で最も早くホタテの養殖に成功したのです。


気仙沼水産高校を卒業した十九歳の時、青森や北海道に行き、稚貝を分けてもらって養殖の試験をしました。

北の海の貝が三陸の海で夏を越すかどうか、当時は分かっていませんでした。何度も失敗を重ねましたが、とうとう夏を越すことに成功しました。


三陸の海に帆立が導入されたことには大きな意味があります。

牡蠣は冬場に収穫しますのでお金が入りますが、夏になると収入源が無くなり夏枯れてしまいます。

そんな三陸の漁民にとって、ホタテは夏の大切な収入源になりました。

また、夏に食べる貝類もなかった三陸では、観光客が増える夏の料理に四苦八苦していました。

そんな中、真夏に旬をむかえて最高の美味しさになるホタテは、鮨屋さんやホテル、民宿などでも大活躍です。


十五年前、カキじいさんは二人の息子を連れて、スペインのガリシア地方のカトリックの聖地、サンチャゴ・デ・コンポステーラに詣でました。聖人ヤコブスペイン語名サンチャゴ)のお墓を巡礼する旅です。

日本流に言えばここが「ホタテの神様」、聖地です。

ホタテ養殖の隆盛祈願に詣でたのです。


パリから二千キロ、ピレネー山脈を越えて巡礼の道が続いていますが、この巡礼に行く人は必ずホタテの貝殻を肩からぶら下げています。大聖堂内も金銀サンゴの帆立で飾られています。

説はいろいろですが、聖ヤコブのシンボルがホタテ貝なのです。

フランス語で聖ヤコブは「サン・ジャック」、帆立貝は「コキーユ・サンジャック」(聖ヤコブの貝)とも呼びます。


ガリシアリアス式海岸の本場ですが、三陸リアス式海岸も素晴らしい環境です。サンチャゴはスペインの守護聖人ですが、きっと三陸リアスの漁民たちをも見守ってくれているだろうと、勝手にホタテの神様にさせてもらっています(笑)。



帆立の成長を願い、“サンチャゴ!”と念じて今日も海に出ます。

畠山重篤


海の安全を祈り、漁民たちは今日も海へ出てゆきます


リアスの海辺から―森は海の恋人 (文春文庫)

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リアスの海辺から

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