ブルターニュからの客人

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フランスのブルターニュ地方から四人のお客さんが水山養殖場を訪れました。

通訳兼ガイドは東京ブルターニュ事務所のラミ・レジスさんという若い男性です。奥さんは日本人だそうです。

中年の男性三人はブルターニュの牡蠣生産者、もう一人はイフレメール(フランス海洋研究所)の女性研究員です。


彼らがインターネットで検索した際、カキじいさんがフランスを訪れていることが記事に出ていて、はるばるフランスから訪ねて来られました。

五年ほど前から、フランスでは一年未満のカキの稚貝が七割も死ぬという現象が起きていて、生産者はピンチに立たされているというのです。

もともと、フランスで養殖されていたカキはフラット(ヨーロッパヒラガキ/ブロン)という種類でしたが、五十年前、ウィルス性の病気が出て、大量に死ぬということが起こりました。

そこで北上川河口の万石浦(まんごくうら、宮城県石巻市)で生産される宮城種(みやぎだね)と呼ばれている真牡蠣(マガキ)に注目し、フランスに移植したところ、マガキはフランスに根付き、フランスのカキ養殖漁民を救ったのです。

マガキはとても生命力旺盛なカキです。


カキじいさんの五十年の経験でも、大量に死ぬということはありませんでした。マガキは成長が他の種に比べて早く、病気にも強く、しかも味が良いという三拍子そろった優良種なのです。

そのカキが死ぬということは、何か大きな原因があるような気がしてなりません。


船に乗せて養殖筏(いかだ)に行き、カキを引き上げて見せました。一年未満の若いカキも、秋の日差しにキラキラ光って見事に成長しています。死んでいるものは一つもありません。

「五年ほど前までは、こうだったのに、、、、、うらやましい限りです。」

皆さんがため息交じりにつぶやきます。

海から陸側を見ますと、緑の森が垂れ下がるように海に迫っています。

「ここは本当に素晴らしい環境です。。。」

また、言葉をもらします。

かなり前のこと、やっぱりフランスから視察団が来た時、「君は天国のような海で仕事をしているな!」と言われたことがある、とお話しすると、「まさにその通り!いい海だ、、、」と褒めてくれました。


農業大国フランスは農薬、畜産公害など多くの問題を抱えているようです。

五十年も前に導入したカキの系統が続いているので、遺伝子的な問題があるのかもしれない、というのです。

現在、政府と交渉して新しい種苗の移植を検討しているとのことでした。



水山養殖場の看板にはフランス語で「Fruits De Mer」(フリュドメール)と添え書きしてあります。

Fruits(フリュ)は英語の「フルーツ」、Mer(メール)は「海」です。

カキ、ホタテ、ムール貝などの盛り合わせをそう表現していて、ブルターニュに行くとこの看板が多いのです。

音の響きが良いので、使わせてもらっているのです。

皆さんはこの言葉をとても喜んでくれて、その看板の下で記念写真を撮りました。


カキじいさんが森は海の恋人運動を立ち上げたきっかけは、フランス、ロワール川流域の広葉樹の大森林と海との関わりに気が付いたからです。

ブルターニュは記念すべき地なのです。


日本のカキを食べてみたいというので、殻をむこうとカキを手に取りました。

すると、彼らはそれぞれが自分たちの専用のカキを開けるナイフを携帯していて、にっこりとそれを見せてくれるではありませんか。

もちろん手つきは鮮やかです。サッと殻を外すと、次々にすすりこみます。

「トレビアン!、、、」

日本酒の栓を抜き、カキの未来に乾杯します。


カキじいさん著「牡蠣礼讃」 にはブルターニュ訪問記もありますので、みなさんにプレゼントしました。

ブルターニュを訪問した時の写真を眺めていると、「知人の顔がある!」と、みんな大騒ぎです。




思わぬ思い出話に日本語とフランス語で花が咲き、皆の杯はあっという間に乾いてゆくのでした。

畠山重篤


秋霖の舞根湾

牡蠣礼讃 (文春新書)

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