カキじいさん、涙する
十月十一日の夜九時からNHKテレビで放送された「NHKスペシャル 日本列島 奇跡の大自然 第2集 海 豊かな命の物語」 に登場した研究者から、手紙が届いたのです。
北海道大学低温科学研究所 准教授 西岡純先生からです。
番組は「北太平洋の生物生産とアムール川の鉄の供給」について、美しい映像と、偶然が作り出した地形の妙と生物循環の不思議を紹介した、とても意味深い内容でした。
先生は、その中で紹介されている「アムール・オホーツクプロジェクト」 のメンバーで、鉄など海洋微量金属の分析化学のエキスパートです。
今から十七年前、師匠の松永教授と気仙沼湾の調査メンバーの一人としてやって来た先生は、当時、大学院修士で論文を書くため研究に参加していたのです。
『畠山さんの操船する船に乗せていただいて、寒風の中サンプリングし、夜中まで分析したのをしっかりと憶えています。』
北海道大学卒業後、(財)電力中央研究所 に就職し、外洋における鉄の研究をしていたそうです。
特に2000年から2004年にかけて、南極や北太平洋で行われた鉄散布実験に参加していたのでした。
そして、アムール・オホーツクプロジェクトが始まった時、白岩准教授から声を掛けられ、北海道大学低温科学研究所に迎えられたのだそうです。
『気仙沼で始めた鉄の研究が、徐々に発展して現在に至っており、幸せな研究者人生を歩んでいます。』
そう、結ばれていました。
手紙を読みながら、思わず涙してしまいました。
私たち気仙沼の漁民は、森川海の連環を直観として捉えてはいたものの、それを説得力をもって理解してもらうためには科学的裏付けがどうしても必要でした。
自らの信念でそれに応え、気仙沼湾をフィールドにそれを証明した松永先生とその下で学んだ若者(西岡先生)達。彼らが今、その経験を元に地球規模の森川海連環の証明へと取り組み、そして見事に成し遂げたのです。
十七年前の調査は一月でしたので、三陸は最も寒い季節でした。学生諸君は手袋をせずに、手を真っ赤にしながら、素手で作業をしていたのがとても印象的でした。
松永先生は、研究成果を「Nature」(ネイチャー、世界で最も権威ある科学雑誌の一つ)に出したそうですが、掲載されませんでした。
その事象は当時、ローカルなものと見なされてしまったのです。
しかしながら、たった二十五キロの大川と気仙沼湾との関わりも、四千五百キロのアムール川と北太平洋との関わりも、原理は同じなのです。
例えば、アマゾン川と太平洋、揚子江と東シナ海、ナイル川と地中海など。これら、全世界の森川海のつながりは、『鉄』をキーワードにして証明できるのです。
また、世界の海に点在するHNLC海域(栄養塩は豊富なのにプランクトンの発生が少ない海域)は鉄の不足に由来しています。そこに鉄を供給するとどのような効果が得られるかなどの検証にも、松永先生の研究は活かされてゆくのです。
カキじいさんは、松永先生がいずれノーベル賞を受賞されると信じて疑いません。
豊穣で美しい、この小さなフィールドの沢山の生き物たちが、先生方をきっと力強く後押ししてくれていることでしょう。
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