テレビ局で焼き魚

mizuyama-oyster-farm2010-08-05

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仙台のテレビ局から「ボス魂」というトーク番組に出てくださいと言われていました。


宮城県、あるいは東北を代表する企業の社長さんや組織、団体の代表を親しみを込めて「ボス」と呼び、人生観や仕事への思いを語ってもらうトーク番組だそうです。


牡蠣の森を慕う会の代表を二十二年間続けているので、そんなことからの要請のようです。


きっかけになったのは、昨年、年に一度の人間ドックに入った時です。「若いとき一度(カキじいさんのところへ)取材に行きました。あの時ごちそうになったカキの味が忘れられません!」と、声をかけてくる男性がおりました。名刺を差し出され、見るとテレビ局の局長さんです。

森は海の恋人運動を始めてから、新聞、テレビ、雑誌など数多くのメディアの方々と接する機会が増えていましたが、九十二歳のおばあちゃん(カキひいばあちゃん、カキじいさんのお母さんです)からのわが家の家訓「わが家を訪れるお客さんには誠心誠意接すること」に従い、どんなに忙しくてもできる限り取材には応じることにしていました。

個人的なことはいづれにしても、気仙沼の話題が全国に発信されれば何かのお役に立つのでは、と思っているからです。



さて、この番組の困ったことは、毎日食べている朝食を本人がスタジオでつくり、それを食べてからトークするという趣旨なのです。

実はカキじいさんは、小さな魚をさばいて焼くぐらいしか料理はできません。


昔、カキひいばあちゃんから学校へ行く前に、朝食のおかずを釣ってきてと言われ、バケツと刃物を持参して海辺へ行き、メバルを釣ってはさばいて持ち帰っていました。それを焼いてもらって朝食のおかずにし、学校へ行くような生活でした。でも、この三十年以上、メバルがほとんど姿を消していました。

五年ほど前からでしょうか、ちらほらメバルが姿を見せ、今ではかなりの群れで棲み付くようになりました。自然が復活してきたのでしょう。


その話をしましたら、「ぜひそれをやりましょう、メバルを釣って持参してください。スタジオでさばきいて焼いてもらいます、、、」。



メバル釣りの餌は生きたエビです。ここは孫の力を借りる必要があります。三年生の孫はエビをすくう名人です。

撮影当日、早起きして孫と釣りを始めました。釣り針に生きたエビをを掛け、降ろしてやるとたちまち大群が寄ってきます。ピンッ、ピンッ、ピンッとエビが逃げると猛然と追いかけてきて喰らいつきます。ここで慌ててあげてはいけません。そのまま少し引っ張らせておくと、自然に引っかかるのです。

メバルだけでなく、アジ、イワシ、タナゴ、メジナなど乱舞し、その側を巨大なスズキが目玉をギョロリと一瞥し、通り過ぎてゆきます。

「あれが喰ったらどうしよう!!」と、孫が驚いた顔で話しかけてきました。たちまち、二人で十二匹釣り上げて打ち止めにしました。



五年生の孫娘がおじいちゃん恥ずかしいから鼻毛をちゃんと切ってね、と小さなハサミを貸してくれました。

テレビ局ではメイク担当の娘さんが「髪が白くなりましたね、でも毛の量が多くてコシがあります。ハゲにはなりにくいと思いますよ。」と励ましてくれました。(局長さんはほとんど毛がありません。)

いつもニュースを担当しているアナウンサーがインタビュアーですから、楽しく一時間の収録を終えました。

「そちらに取材に行ったことがありますよ!」という人が次々に声をかけてくれました。



家訓は生きている、と母の重みを感じたカキじいさんでした。


畠山重篤


複雑なリアスの海岸線に浮かぶ養殖筏(舞根より外洋を望む)