「下ノ海ニ居リマス」


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一昨年、カキじいさんは西オーストラリアの世界遺産、シャーク湾を訪れていました。

「鉄が地球温暖化を防ぐ」(文藝春秋)という本を書くため、どうしてもこの目で確かめたいところがあったのです。


温暖化の問題を考察するには、地球の歴史を遡って考える必要があります。

シャーク湾が有名なのはストロマトライトという黒い石の塊があるからです。今から三十五億年前、地球上に光合成をする植物の元祖が生まれました。「シアノバクテリア」と呼ばれるものです。

その頃、地球の大気は殆どが二酸化炭素だったといわれています。

太陽の光を借りて、CO2をC(炭素)とO2(酸素)に分けることが光合成です。

シアノバクテリアは昼は立っていて夜は横になるそうです。横になるときは砂粒を抱くのです。毎日これを繰り返していると、だんだん塊が大きくなってゆきます。これが「ストロマトライト」です。この光景を見ることは、三十五億年前の地球を見るということなのです。注意してこの「塊」をよく見てみると、空気の塊が出ています。これがO2(酸素)です。

この酸素が海水中に溶けていた鉄を酸化させ、鉄の粒子となりました。粒子は重く海底に沈みこみます。十五億年かかって海から鉄は取り除かれてしまいました。

海は「貧血」なのです。

海底に沈んだ鉄は積み重なり、鉄鉱石の塊となりました。地殻変動で隆起した巨大なこの「塊」がオーストラリアという「島」です。


西オーストラリアは「鉄の大陸」です。どこを見ても赤茶色をしています。


世界最大の鉄鉱石鉱山、ハマースレー鉱山にも行ってみました。鉄の含有量が60%を超す高品質の鉄鉱石を産出することでも有名な鉱山です。

巨大なブルドーザーが露天掘りで鉱石を掘り出してゆきます。「縞状鉄鉱床」。これこそが十五億年かかって地球を冷やし、沈んだ海水中の「鉄」なのです。

宮沢賢治に見せてやりたかった『石』です。


シャーク湾を低空で飛ぶ小型機から見下ろしますと、赤茶けた陸地の周りの海が鮮やかな緑色に輝きます。

ここは深層水というチッソ、リン等の栄養塩を豊富に含んだ海水が湧昇してきているところなのです。チッソ、リン、ケイソ、そして「鉄」で、植物プランクトン、海藻が育ちます。

この湾にはアマモという海藻が餌のジュゴンが一万頭も生息しているそうです。一頭は一日五十キロの海藻を食べるそうですが、彼ら(彼女ら)がいくら食べても食べても生えてくるのです。


「海に森をつくる」。


これこそ、地球温暖化解決のヒントなのです。

海が「貧血」なことが発見されたのは、今からわずか二十年前です。アメリカのジョン・マーチン博士が発見しました。分析科学の第一人者で、海外の鉄の量は海水1リットル中に十億分の一グラムしか含まれていなかったのです。



賢治は農業で「鉄」が大切なことを知っていました。冬になると崖の「赤土」をソリに積んで水田に入れるように教えています。これを「客土」といいます。稲は特に鉄分を必要とする作物です。


当時、海が「貧血」なことは全く知られていませんでした。賢治に縞状鉱石を見せてこの説明をしたら、きっと陸から海にフィールドを移したに違いありません。

そして、温暖化は「コワガラナクテモイイ」と語ったことでしょう。


賢治の海辺の家を訪ねると、黒板には次のように記していたはずです。


「下ノ海ニ居リマス」。


畠山重篤



縞状鉄鉱床 (筆者撮影)

鉄が地球温暖化を防ぐ

鉄が地球温暖化を防ぐ