カキじいさんとしげぼう

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平成16年、花巻市宮沢賢治研究会から連絡がありました。「森は海の恋人運動」を続けていることに対して、宮沢賢治イーハトーブ賞が決まりました。授賞式に出席していただけますか?」というのです。


えっ、、、宮沢賢治とどんなつながりがあるのだろう?と首を傾げながら授賞式に行ってみました。


この賞のスポンサーは花巻市なのですね。市長さんが表彰状を読み上げました。「もし宮沢賢治が漁師だったらあなたと同じ発想で同じ行動をとったことでしょう。」というのです。審査委員の洞察力の深さに感じ入りました。


「賢治のフィールドはイーハトーブです。そこで天体を観察し農民と生活を供にしながらあのような作品を創作したのです。北上川も身近な存在でした。でも河川水が海の生物生産と大きくかかわっているということは全く思考の中になかったでしょう。さらに海側から北上川上流の森に思いをはせるなど思いもよらぬことでしょう、、、」


もし賢治が漁師だったら、、、という表彰理由は分かるような気がしました。



表彰式には講談社の編集者Kさんが駆けつけてくれました。「漁師さんの森づくり」という小学生向けの拙著の担当者です。この本は思いもかけず、児童文学の登竜門である小学館児童出版文化賞産経児童出版文化賞JR賞を受賞しロングセラーになっているようです。


大勢の子供たちと接する機会が多くなっていた私は、小学校低学年向けに物語を書きたいと思っていました。


帰宅する車の中でKさんにその構想を話してみました。すると、「このような賞(宮沢賢治イーハトーブ賞)をいただいたのは、“私には見えない世界を作品にして下さい”と賢治が後押ししているのだと思います、ぜひお書きになってください!」と励ましてくれたのです。



構想は出来上がっていましたので、エイ、ヤッと二日で書き上げました。


ストーリーです。



ある川の河口の岩に大きなカキがくっついていました、潮が引くと姿を現します。少年しげぼうはこの牡蠣をカキじいさんと呼び、いつもお話ししていました。カキじいさんは動けないのですが、何でも知っています。


秋になると北の海の情報を伝えてサケが上がってゆきます。
春になるとウナギの赤ちゃんがフィリピンの方の南の海のニュースを伝えています。
アユやモクズガニは、上流の出来事を伝えて海に下ります。


少年しげぼうの先生はカキじいさんというわけです。



そして物語は続くのです。初めての創作ですが自伝的物語というところです。



多くの学校がこの物語「カキじいさんとしげぼう」を学芸会で上演してくれました。招待されて参観すると、いかにも年老いたカキじいさんが登場します。十年先の自分を見せてくれるようで、複雑な気持ちになります。



今春、思いもよらぬ話が届きました。


昨年カナダをご訪問された天皇皇后両陛下が、ヴィクトリア海洋研究所に立ち寄られた際、「カナダでは森川海の係わりの研究に取り掛かりました」という説明があったそうです。


すると、皇后様が、『日本では二十年前から気仙沼の漁師さん達が山に木を植えています』と仰られたそうです。


春になり、「英語の資料を請われたので何かありませんか?」と連絡がありました。科学的な解説より、気仙沼漁師の心を伝えたいと思い、「カキじいさんとしげぼう」を急遽、友人に頼み英訳してもらいました。見事な英訳だとプロが褒めてくれました。


先日、「カナダ各地に紹介したいのでパンフレットを作ります、海で働いているあなたの写真が欲しいのですが」との連絡がありました。



恥ずかしながら、カキじいさんはカナダを流離うことになりました。


畠山重篤


「カキじいさん」のすむ島 (舞根湾)