井上ひさしさんの思い出

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去る4月9日、作家 井上ひさしさんが亡くなられました。残念この上ありません。

晩年、お米を通して森、水、川、海と続く環境問題にも関心を寄せられ、お声を掛けて下さいました。山形県川西町遅筆堂文庫でのシンポジウムにも二回呼んで下さいました。

井上さんが私に興味を示したのには訳がありました。中学三年生の国語の教科書に、漁師の私の文章が掲載されていたからです。

シンポジウムで二人の対談があり、しばらくすると教科書を紹介され、七ページにわたる文章を一ページづつ交互に音読し合ったのです。

「筆で飯を食っている私の文章は残念ながら国語の教科書に載っていません。どうして牡蠣(かき)で飯を食っている人のが載るのでしょうか」と聴衆を笑わせていました。

さらに、「牡蠣を食べるとどうしてこのような素直な文章になるのでしょう、教えて下さい!」にまた大爆笑です。

そのようなことで何度か牡蠣を送らせてもらいました。


国語の教科書に登場したのも牡蠣が縁でした。日本経済新聞の仙台支局長に土田さんという人が赴任して来ました。牡蠣好きの方で、取材と称しては時々牡蠣を食べに遊びに来ていました。

秋になり、牡蠣シーズンになりました。すると裏一面の文化欄に、森は海の恋人運動に絡めて牡蠣の話を書いてみたら?と勧めてくれました。

それを見たのでしょう。東京の教科書会社から、これを下敷にして、中三国語教科書用に文章を書いて下さいというのです。


夏目漱石の隣に載るというのです。「そんな恐ろしいことはできません!」と、もちろん断りました。すると、「これは文章云々というより、環境問題がクローズアップされてきた時代を先取りするものです。社会や理科の教科書でなく国語で取り上げたいのです!」と、ねばります。


支局長に相談すると、日経新聞の記事が国語の教科書に取り上げられたことはありません、名誉なことだからぜひ頑張ってください、と励まされました。
それから半年間、編集者とやり取りが続き、やっとOKが出たのです。


その後、文藝春秋社の立林昭彦さんが我が家を訪ねて来られて、「何かカキ(牡蠣)ませんか?」(笑)と勧めてくれました。この人も無類の牡蠣好きでした。そして、リアス式海岸とは何か、というテーマで「リアスの海辺から」文芸春秋社から出版されました。漁師が書いた本は文藝春秋社からは初めてだそうです。


井上ひさしさんからアドバイスがあった、「文章は正直に、、、」をモットーにリアス式海岸という名の本家本元、スペインのガリシア地方を訪れた紀行文です。


仙台で開かれたこの本の出版記念会の席上で、読売新聞文化部の永井記者が、「実は読売文学賞の紀行文部門で最終選考まで残りましたが、、残念ながら丸谷才一氏がまだ一作目だからという意見を出され、高橋睦郎氏の作品に決まりました。」

井上先生が最後まで強力に推してくれたとのことでした。


井上ひさしさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。



みなさんもいかがですか?青葉潮牡蠣は特に効き目がありそうですよ。

畠山重篤




波静かに光るリアスの海辺(舞根湾)