カキじいさんのつぶやき(1)
三陸リアス式海岸の気仙沼湾で牡蠣の養殖業に従事し、足かけ45年になります。兵隊から帰ってきた父が昭和22年から始めた仕事で、私が二代目、今三代目の息子たちが後を継いでいます。四代目を継ぐべき孫も生まれましたので、孫が継げば小さな家業も百年続くことになります。
水山養殖場の「水山(みずやま)」は屋号です。わが舞根(もうね)地区は殆ど畠山姓ですので、それぞれの家に三越とか、高島屋などと同じ「屋号」がついているのです。牡蠣養殖の仕事場になっている場所が昔から「水山」と呼ばれていたようで、そのまま屋号となりました。
桟橋の下の海を覗くと、海面がウルウルしています。沢水が地下水となって海底から湧いているのです。地下水には森の養分が含まれていますから、牡蠣の餌となる植物プランクトンが多く発生し、湾奥でも立派な牡蠣が育ちます。
今、“青葉潮牡蠣(あおばじおがき)”と銘打った牡蠣を販売していますが、もともと「青葉潮」とは、神奈川県の湘南海岸の漁師さんたちが、カツオが乗ってくる潮に名付けたものです。
“目には青葉 山ホトトギス 初ガツオ”の「青葉」です。きれいな言葉で、三陸は青葉の頃の牡蠣がとても美味なので使わせてもらいました。緑の葉陰が静かな水面に映る風景は、文字通り青葉潮の風情です。
今日も東京から来られた二人のお客さんを桟橋に案内し、お茶菓子代わりと青葉潮牡蠣を剥いてご馳走しました。ふっくらした白い身をズズッーとすすり込みました。はじめ少し塩気を感じますが、やがて口中に独特の甘みが広がります。思わず、牡蠣ってこんなに旨いものなのですかと、にっこり微笑まれました。
「でも少々口さびしくなりませんか?」と話してみると、「そうですね、気がつきませんでした、“瓶”が必要ですね、申し訳ありません、、、」と頭を掻いています。
「私の好みを申せば、チリ産のモンテス・アルファ ソーヴィニヨン・ブランですが」と話しますと、少し気まずそうに、おずおずと虎屋の羊羹の袋を差し出されました。袋の絵柄を見て二歳の孫が、あっライオンだっ、、、。
赤松林をわたる風が心地よい昼下がりでした。
- 作者: 畠山重篤
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