あずさ丸
カキじいさんの養殖場には何隻かの船があります。
仕事に使うのはもちろんエンジンの付いた動力船ですが、そのほかにエンジンの無い昔ながらの「櫓」(ろ)で漕ぐ木造の和船が三隻あります。
一、二、三号あずさ丸です。
あずさ、ってどこかで聞いたことがありませんか?
東京の方なら、新宿発松本行きの特急列車名でお馴染みですね。「♪八時丁度の、あずさ二号で、、、♫」のあれです。上高地を流れている梓(あずさ)川は、あずさ高校という学校の名前にもなっています。
「あずさ」は木の名前で、弓を作る木として昔から有名です。“しなり”があり、折れにくいのです。
その性質は船の櫓の材料としてぴったりです。沈木といってとても重く、水に沈むのです。
沖に出て櫓が折れたらたちまちSOSです。漁師が命を預ける木、これが「あずさ」なのです。船名にピッタリですね。
一号、二号は四丁の櫓が取り付けられている大型船で、子供たちが三十人も乗れる大きな船です。体験学習でやってくる子供たちに、海の文化と伝統を伝えるため、十二年前に建造しました。
木造船を作るのは船大工です。最後の船大工になってしまった岩淵文雄さん(八十才)の晩年会心の作です。約百年前の鰹船(かつおせん)をモデルにしました。
時々、イベントにも登場し、近年は気仙沼港祭りで大漁唄い込みが響く中を気仙沼湾に漕ぎ出て、市民から懐かしがられています。
毎年引き上げ、船底はペンキ、上部は京都から柿渋を取寄せて塗ります。
昨年、岩淵さんが病気にかかり、九か所も手術をしました。あずさ丸の修理に困ったなあ、と心配していたら、思いのほか元気に回復され、ホッと一安心。そして、今年も船の引き上げと塗装に立ち会ってくれました。
三号あずさ丸は、櫓が一本の小舟です。櫓をこぐことは、海で生きるための基本を学ぶことです。カキパパも祖父(カキひいじいさん)から教えてもらいました。
さあ、今度はカキじいさんの番です。今日、修理を終え、海に降ろして、夏休み中の孫に特訓です。
孫はうちの予定四代目。養殖場も創業百年、櫓の漕ぎ方も海も森も、綿々と引き継がれてゆきます。