海の哲学者

mizuyama-oyster-farm2010-10-22

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今朝は最低気温が10℃を切り、三陸の海辺は晩秋の気配です。

水温が下がり始めると海の透明度が増し、小魚たちの姿がはっきりと見えてきます。

カキじいさんの子供のころの記憶でも、この季節、舞根(もうね)湾には暖流に棲む小魚が回遊してきます。

はっきりとした横縞のイシダイの子供、背鰭の端っこが付きだしているツノダシ、チョウチョウウオもいました。

先日、桟橋の下をのぞきましたら、鮮やかな瑠璃色の小魚がいました。

ソラスズメダイです。これは初めて見ました。

急いでカキばあさんにカメラを持ってきて撮るようにと電話をしました。

毎年、十月末、趣味の写真展があるのですが、今年はまだいい写真が撮れていない、と焦っていたからです。


水深10メートルまで大丈夫という、買ったばかりのデジカメを片手に息を切らせてやってくると、早速撮影開始です。

ちょろちょろと動きますので、そう簡単ではありません。


「じっとしてちょうだい!!」


何度もそんなことを小魚に話しかけては、必死にシャッターを切りますが、画面を確認しますとピンボケばかり。


「あーあ、今年は展示するのをやめようかしら!!」と、あきらめ声が舞根湾にこだまします。


「じっとしているヤツを撮ったら、、、?」と助け舟を出しました。


ふと海を覗きこむと、この辺りで『マラダシ』(この辺りではなまって『マラダス』)と呼ぶ魚がいます。

岩の様にじっとしていて、小魚が近寄ると大きな口を開けてパクリッとやる厳つい顔の小魚です。

お腹を触るとぴょこんと“突起物”が飛び出してくるので、そんな「不名誉な」名が付いたのですが、その本当の和名は「アサヒアナハゼ」。


実は、その“突起物”はホヤなどの水管に差し入れて卵を産むための産卵管なのです。

つまり、そういう格好をしているのは「女性」、、、だったという訳です。


昨日、展示会場に足を運んでみましたが、海や山の風景写真が多い中で、異色の作品がありました。

タイトルは「海の哲学者」。

カキじいさんが付けてあげたお気に入りのタイトルだったのですが、どういう訳かその下にカッコ書きで「マラダシ」と、、、。

ご婦人客が多く、この写真について質問されたら返答に窮すると思い、早々に退散しました。




海辺に落葉が漂いだすこの季節、いよいよ牡蠣が美味しくなってきました。

畠山重篤


森と海と(舞根湾)