『カキじいさんのブルターニュ紀行 (カキを愛するひとびと〜ラ・トリニテ=シュル=メール編〜)』

カルナックを後にして、車で西へ走ること20分ほど。北へ延びる細長い湾奥に、次に見せていただくカキの養殖場がありました。
とても穏やかで、その湾の形から私達にはどこか懐かしい感じのする風景です。

ラ・トリニテ=シュル=メール(La Trinite-sur-Mer)。

カキの養殖に使う平積みの台船と一緒に、湾にはあちらこちらにヨットが浮かび、一角には大きなヨットハーバーが。パトリック・ルイ・ヴィトンさんのヨットもここに係留しているとか。季節柄もありますが、漁船とヨットがきちんとすみ分けられて風景にとても馴染む、とてもいい雰囲気です。

カルナック同様、ここも夏には海辺でヴァカンスを楽しむたくさんの人々が集う、漁業と観光が隣同士でうまく寄り添う町の様です。目の前の湾でとれた海産物を、海辺の素敵なお店ですぐに食べられるシーフード・レストランや小さなホテル、ペンションなどが海岸から丘の上にかけて立ち並び、対岸ではカキの養殖場や網を引く船がとても自然に佇んでいます。

ここにも、目に見えない問題、課題はたくさんあるのでしょうが、漁船と遊船、漁業と観光が上手く融合しているとは言えない日本の漁村から見ると、何だかとても羨ましく感じました。

案内されたカキの養殖場に着くと、岸のすぐに下にはカキが入った籠がずらりと並べられ、着岸しているカキ養殖の台船にもカキ籠が満載。どうやら水揚げの真っ最中の様です。

そんな光景を見て、居ても立っても居られない様子のカキじいさん。何やら足早に海辺に近づくと静かな湾の水を手ですくってペロッと一なめ!?

「やっぱり甘いねえ、ここの水は!」

どうやら、早くこの海の味を確かめたかったようです。ロワール川河口のキブロン湾に面し、湾奥からも幾筋もの川が流れ込むこの場所の水は、海の味というよりも「川の味」。河口の汽水に育つカキは、そこに流れ込む川の味に左右されるとも言います。さて、ここのカキの味は?。

 

台船で水揚げされたカキは大きなフロントローダー(リフトのようなクレーンの様な)で工場へ。中では一列に並んだ長いコンベヤや「ふるい」式の選別機などが並べられ、とても効率よく選別作業が進められています。

コンベヤに並んで手選別をしているのはここでもおばちゃん達。舞根もフランスもカキの前線は女性の仕事場の様です。

手際よく大きさ別にカキを籠に分け入れながら、カキ同士をコツンッ、コツンッ!それを見ていたカキじいさんも、みんなと同じ身振りでコツンッ、コツンッ!

「やってるねえ!かぎ叩ぐのはおんなじだっちゃ!」

カキの殻が欠けていたり、身が入っていないものは、殻を叩くとポコポコと軽い音がします。

見分ける方法は日本もフランスも同じ。叩いているのもおばちゃん達。風景は一緒です。程よく大きなものは出荷用、小さなものを選り分けて籠に入れ、また海や干潟に委ねて育てます。


 

「あっちにブロンを水揚げしてあります。召し上がりますか?」と養殖場のご主人。

これに満面の笑みで是非!と飛びついたのは、カキばあさんとパトリックさん。カキじいさんもやれやれ(笑)、の様子。

ブロンとはヨーロッパヒラガキのこと。フランスガキとも呼ばれ、今ではフランスでもその数が激減しています。

三十年ほど前にカキじいさんが舞根湾のカキ研究所と一緒に採苗に成功して、ほんの少量ではありましたが東京のレストランへ出荷していたことがあります。他にシドニーロック・オイスターオリンピアガキなど数種類の世界のカキの養殖にも成功し、一部の東京のレストランへ出荷していました。
しかし、当時の日本にはオイスターバーなど未だほとんどなく、その存在も一般には知られていませんでした。

その後、ヨーロッパ全体を覆うカキの病気の蔓延で、特にブロンが希少になり、現在ではご当地でも高級品になっています。

さっそくナイフで殻を剥きペロリッ!とパトリックさん。

カキばあさんも三十年前を思い出して?!一般的なマガキと開け方が違うブロンも、手慣れた手つきで蝶番を開けては、「はいっ!あがらいっ、あがらいっ(召し上がれ)!」。他人の家のものですが(笑)、まるで舞根でカキを振る舞っているようです。

マガキと違って独特の渋みが強いブロン(フランスガキ)には、ワインやシャンパンが本当に良く合います。

カキとワインをセットで味わう文化をここでも実感します。

震災後に舞根湾で水揚げしたマガキの中に、いくつかブロンが紛れ込んでいるのを舞根のおばちゃんだぢが見つけてくれているので、もしかするとまた採苗が可能になるかもしれない期待も相まったようです。

この味をしっかりと舌に残して帰ろうと、次々殻を剥くカキばあさんに、ご主人もちょっとびっくり!?。

 
 

この養殖場では他にもホタテ(コキーユ・サンジャック)や貝類を扱っておられるとのこと。

別棟の蓄養水槽には水門が付けられていて、潮が引くと水槽になり、潮が満ちると海になる構造。環境条件を上手に利用した、天然水槽と言ったところでしょうか。

震災で地盤が一メートル沈下し、海辺の水槽が大きく沈んで復旧に時間が掛かったカキじいさん。養殖場の復旧のヒントを得たのでしょうか。

 

美味しいカキと工場で働くおばちゃんたちの笑い声、船が行き交う湾の風景と海仕事の男衆。

スレート葺きの壁、海が大好きなブラック・ラブラドール。新鮮で豊かな海の幸とたくさんの気持ちの良い人々。

昼時、海辺に建つ小さなレストランでラングスティーヌ(手長エビ)を口いっぱいに頬張り、ワインを傾けながら、何か懐かしい昔話でも楽しむかのように、カキじいさんたち、カキを愛する人々の楽しいおしゃべりはいつまでも続くのでした。

 
 

(おしまい)

※次回は、「カキじいさんとブロワの森(Saint-Sulpice-de-Pommeray サン=シュルピス=ド=ポムレ)編」です。

文・写真 畠山耕