「ノンちゃん」 (後編)

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【前編より続く】


文部省で、若いキャリア官僚の面接を受けていた時のこと。

「体にも、脳にも、目にも障害をもった子供たちを教育することに、どれほどの意味があるのか?」

そういう内容の質問を受けたのです。

ノンチャンは唖然としました。

一般的な話としては、分からないこともない。しかし、そのような現場で職人として実際に教育に携わっている教員としては、決して聞き捨てることができない質問でした。

ノンチャンはその質問に対して自分の思いで逆に反論し、ついにはそのお役人と大激論になってしまったのです。


採用試験の結果発表は、勤務している盲学校の校長先生から通知されます。

発表の日、校長先生に呼び出されたノンちゃんは一言「あんだ、何をやらがしたのや!」と試験の“不合格”を伝えられました。

でもなぜか、その時の校長先生はとてもうれしそうでした。

教員仲間も「んっ!えがった!えがった!」とノンちゃんの不合格を逆にお祝いしてくれたのでした。


かくして、ノンちゃんは定年までの長い年月をその盲学校で送ることになり、最後まで子供たちと直に向き合う“職人”教員生活を送りました。

これほど長い期間、同じ学校に勤務することは普通はあり得ないそうです。

この学校がノンちゃんを離さなかったのか、それとも他の学校がノンちゃんを、、、、、。

それは定かではありません。



昨年春の定年退職と同時に、あの時のリベンジを!とノンちゃんは単身、函館のロシア語学校へ入学し、六十の手習いを始めました。

英語とロシア語、両方をやらねばならず大変だ、、、とヒイヒイ言いながら、息子たちよりも若い同級生たちと一緒に毎日勉強の日々だそうです。


障害者教育の現場にはたくさんの備品が必要です。

ところが年々予算が削られて、何も買うことができなくなっているそうです。

そこでノンちゃんは先生仲間と一緒に、実家の水山養殖場のカキやホタテの注文を取り始めました。

毎年すごい数の宅急便の注文書が届きました。

いざ清算となると「じゃ、アニキ、これで、、、」と売り上げの半分しか払ってもらえません(笑)。

そんなこともあって、タラバガニの「カーニー」を孫たちに送ってくれたのでしょうか。


実はノンちゃんは以前勤めていた盲学校にも、同じく生きたタラバガニを送っていました。

目の不自由な子供たちは、初めて触るタラバガニのトゲトゲに「えんぴつの先がいっぱいある!」と驚いていたそうです。

散々子供たちの触感を驚かせた後、そのカニは子どもたちの「味覚」も楽しませてくれたようです。



ノンちゃんの思いを知ってか知らずか、我が家では今朝も、鰤(ブリ)の切り身を美味しそうにかじる「カーニー」を、孫たちが目を真ん丸にして眺めています。


【おわり】

畠山重篤


木々へ降り積もった雪が、静かな水面へと滑り落ちる音が響きます(舞根湾)